おうち英語ハイだった頃の私
おうち英語ハイだった頃の私は、
SNSのアカウントを作り、
コミュ障なのに無理やりコミュニティに入ろうとしていた。
おうち英語の「大成功例」のブログを読み漁り、
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どんなメソッドが良いのか
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どの教材が最強なのか
情報を集めまくっていた。
「○○だった私が、おうち英語で子供に1級を取らせた最強メソッド!」
「これだけはやめるべき!おうち英語の間違い○○選!」
みたいな記事を、たくさん保存して、満足していた。
…あれは、全部読んだのだろうか…さっぱり思い出せない。
ありがちな妄想と勘違い
頭の中では、こんな妄想が膨らんでいた。
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バイリンガルに育った我が子
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輝かしい将来
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鼻高々の自分
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「小学生で英検1級に合格しました!」とツイートしてバズる未来
今思うと、
完全に取り憑かれていたと思う。
妄想の内容がありがちでふわっふわなのは、道筋を一ミリも見通していない証拠だ。
地図は持っていないのに、ゴールテープだけは見えていた。
おうち英語を続けたら「いつの間にか」「当たり前に」子供がバイリンガルになると思っていた。
当然、長続きしない
でも、そんな状態が
長続きするはずもない。
SNSは、
人と比較する癖がある自分にとって、最も向いていない場所だった。
SNSは、比較地獄
タイムラインを見れば、
「あの人の子は●歳でペラペラなのに…」
と落ち込む。
その一方で、
「●歳であれだけできる子がいるんだから、
うちの子だってできるはず」
という、
前提条件をすべて無視した勘違いもしていた。
家庭環境も、性格も、興味も、
何もかも違うのに。
ネット上に溢れる「インパクトのある成功例」を目指して子供を導こうとすると、自分も子供も苦しくなる。
低学年で英検2級、準1級。本当に凄いことだ。
全国規模で見れば、間違いなく一握りの「精鋭」だ。
それなのに、その情報はネットでは可視化され過ぎて「当たり前」のように感じてしまう。
「低学年で2級取りました!」が、「あ、またか」と思えてしまう。危険だと思う。
低学年で2級まで行かないと、おうち英語成功とはいえない。うちは遅れている。
そう錯覚してしまう。
本当は、自分の子供の成長だけに目を向けていれば良いだけなのに。
離れてよかった
だから、SNSから離れてよかったと思っている。
少なくとも、
私にとってコミュニティは不要だった。
上澄みの成功例や、
他人の進捗が目に入らない。
それだけで、
気持ちは驚くほど楽になった。
SNSをやめて変わったこと
SNSをやめたあと、
数年間、だらだら英語アニメを流していた時期も、
「まあ、一応アニメ視聴だけは続けてるし」と楽観的でいられた。
英検を始めてからは、他人を見ずに
ただ子どもの進捗だけを見られるようになった。
比べる対象が消えると、
焦りも消える。
今も、おうち英語の情報は極力追わないようにしている。
他人の成功を追いかけなくなったときに、やっと自分の子供のペースが見えてくる。
それがわかったから。


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