小さな子供に、
「こんなに英語が分かるなんて、すごいことだよ!」
と何度言っても、
返ってくる反応はだいたい
「なんか褒められてて嬉しい。えへへ。」
くらいのものだった。
おうち英語の子供にとっては、英語が“特別”ではなかった
おうち英語を続けてきた子供にとって、
英語は「頑張って身につけた特技」ではなく、
ただ身近にあるものだった。
面白いアニメを見るための言葉。
日常の一部。
喉が乾いたから麦茶を飲む、くらいの空気感。
だから、自分がどれだけ周囲と違うことをしているか、
本人はまったく自覚していなかった。
変化は高学年から
子供が世間的な評価を実感し始めたのは、
高学年になってからだった。
英語が、学校で「成績」として評価される。
テストで点数として可視化される。
先生が褒める。
そして何より、
周りの友達は、自分ほど当たり前にはできない
という事実に気づく。
はじめての“周囲の反応”
郊外にある普通の公立小学校。
同学年で英検2級を持っている小学生は、今のところ自分だけ。
「すごい!」
「どこの塾行ってるの?」
「海外に住んでたの?」
周囲からの素直な称賛。
そこでようやく、子供は思ったらしい。
「あれ、もしかして自分、すごい?」
親の心の声
そうだよ!
ずっと言ってたじゃん
それからの子供
態度:周囲から「すごい」と言われるのは、嬉しいけど恥ずかしい。
表情は幼少期の「えへへ」に、ものすごく照れが入ったような感じ。思春期の入口を感じる。見てるこちらは「うふふ」である。傍から見たら、たぶん気持ちの悪い親子である。
学習:全く変化なし。日本語英語関係なく、読みたい本を読んで、見たいアニメを見て、ゲームをやっている。
そして、これから
ただ、英語の力は
いずれ周りが追いついてくるものでもある。
中学、高校と進めば、英語は「得意な子がいる教科」の一つになる。
特別感は薄れていく。
英語ができるだけでは、いずれ“普通”になる。
だからこそ、私も、
「英語ばかりに固執している親」を、そろそろ卒業しなければならないと思うのだ。


0 件のコメント:
コメントを投稿