2025年秋〜2026年冬 小学校5年生(10歳)
小5、英語読書にハマる
英検2級のあと、
疲れもあって、また1回分の試験をお休みすることにした。
その間に、思いがけない変化が起きた。
子供の自走が始まった。
きっかけは、Audible
あるひ、旦那が言った。
「これ、面白いらしいよ。」
そう言って子供に聞かせたのが、
『本好きの下剋上』英語版のAudible。
子供は、すぐにハマった。
続きが聞きたいとせがむようになった。
しかし、続きがない
Audibleで出ているのは、最初の3巻まで。
子供はその3巻を、何度も何度も繰り返し聴いた。
そして、待った。
続きが出るのを、ずっと。
…でも、一向に出る気配はない。
難しいと思いつつ、書籍版を渡した
Audible版の続きが出ない。
とはいえ、せっかく子供が「続きが知りたい」と積極的になっているのだ。
この興味は維持したい。
キンドルの試し読みをダウンロードして、開いてみる。
…いやー…これは…さすがに早すぎるのでは…
と思われる英文びっしりの本文。アルファベットの圧がすごい。
しかも書籍版は、アメリカのAmazonで一冊2000円超。(+国際送料)
数字を見て、一度そっと画面を閉じた。
そして考えた。考えて、一冊(第4巻)だけ、購入した。
「読めそうなら読んでみな。
難しそうだったら、もう少し力がついてからでいいから。」
そう言って、子供に分厚い書籍を手渡した。
子どもは、読破した
4巻を手に取った子供は、大喜びだった。
早速本を開く。黙々と、読んでいる。
どう考えても、
その時の子供のレベルでは難しい本だった。
でも、4巻を読み切った。辞書は一度も引かなかった。(我が家に英和辞書はないのだが)
続きが知りたい。その一心で読み切った。
事前に聞いていたAudible版の1~3巻で、登場人物や世界観を知っていたことも、大きな助けになっていたと思う。
そして、本が増えていく
そこからは、あれよあれよという間に
「次も欲しい」
「次はいつ届く?」
買わされている。
値段的には痛い出費だが、
子供の「読みたい」という純粋な欲求に応えない選択などない。
英語読書の波に乗っているついでに、
その頃ノーベル賞関係で話題になった
『はたらく細胞』英語版も買った。
これも気に入って読んでくれた。(「ついで買い」が、正解だった数少ない例)
英語の本は、日本語の本と同じ棚に並ぶようになった。
洋書はその日の気分で、
自然に手に取る本の一つになった。
子供は英語の本を夢中で読みふける。
時には、
「いつまで読んでいるんだ」
と注意されるほどに。
そして、私が見たかった景色は、これだったのだ。
自走が始まった
ここで、はっきりと実感した。
おうち英語は、もう終わった。
親が環境を作り、
親が目標を設定し、
親が引っ張ってきた時期は終わった。
これから、英語にあまり触れない時期があったとしても、
年齢的にも、レベル的にも、環境的にも、英語力が「大きく」衰えることはないだろう。
そう思っている。
英検準1級の意味が変わった
英検はもともと、
私のモチベーションのためにやっていた。
子どもが自走を始めた今、
英語において、目標を設定して学習管理をする伴走者の役目は終わったと思う。
後はもう、見守る程度でいい。洋書を読むための財布係に徹すればいい。
準1級は、「必須」ではなくなった。
しかし、約束は残っている
子どもに小学生の間に準1級を受けるか意思を確認したとき、「やるなら、これまで通り一緒に頑張る」と約束した。
それに実は、子どもともう一つ約束してしまっていた。
「準1級に受かったら、スマホを買ってあげる。」
これは契約である。
本人も「やる」と言っている以上、約束は守らねばならない。
だから、最後まで付き合う
準1級までは、
責任を持ってサポートする。
数か月後、親子でスマホショップへ向かう未来を目指して。
そして、親が管理するおうち英語は終わりにする。



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